韓国人シンガーKが日本の伝統を旅する「伝統工芸は立ち止まった時に終わる」
第10回 大阪浪華錫器 大阪錫器代表取締役・今井達昌さん、伝統工芸士・高井文晴さん
錫器の制作、加工には手作業でないとできない工程が少なくない。Kさんは、伝統工芸士の高井文晴さんの作業場にお邪魔した。
高井 ここでは、鋳込んだ(錫を溶かして鋳型に流しこむ作業)商品をロクロでまわしながら、削る作業をしています。
K どんな道具で削るんですか?
高井 カンナですね。削る商品、削る場所によってカンナを使い分けるので、相当な本数が必要なんですよ。
K まだ熱を持っているんですね。でも、このタンブラーでビールを飲んだら美味しいでしょうね。
高井 錫は柔らかくて加工しやすい金属という特長もありますが、熱伝導率の高さも長所です。冷たいものを入れれば長く冷たいままの温度を保ってくれますから。では、錫器でビールを飲んでみますか?
K お願いします。うわぁ~、泡が細かい。注がれるビールを見ているだけで鳥肌が立ちました。それだけで冷たさが伝わってきます。高井 ガラスのタンブラーに比べてもビールの泡の細かさはまったく違うと思いますよ。
K いただきます。美味しい! 最高ですね。まだタンブラーが冷たいまま。最強ですね。
高井 ビールを入れるとタンブラーの表面の色が変わり、だんだん滴がつきます。これが熱伝導率の高さを表しているんですよ。
K 高井さんが錫器を作るようになったきっかけは?
高井 もともとは京都にある伝統工芸を学ぶ学校へ通っていたんです。そこで金属工芸を勉強していました。当時は錫ではなくて、銀や銅、真鍮の作品を作っていました。あるとき銅の製品を錫でメッキすることになり、錫をもらいにいった工房で見た錫の商品に魅了されて、錫作りを始めました。
K 衝撃的な出会いだったんですね。錫器を作るうえで大切にされていることはなんですか?
高井 「早く、綺麗に、正確に作る」という3つは大事なことだと思っています。これはその伝統工芸の学校の先生からも言われていたことです。この3つはどれが難しいというわけでもないのですが、どれも簡単なことではないんです。最初は誰もが早くできず、綺麗にも正確にもできない。それは技術がないから当然のことです。でも、なんとかしてひとつ作りたいという気持ちさえあれば、綺麗で正確なものは作れる。頑張れば、時間をかけさえすれば作れるんです。
K なるほど。しかしスピードも大切。
高井 仕事とすれば数を多く作ることが大切なので、スピードを上げることが求められますが、これは最後についてくる部分なんです。ただ、スピードを上げることを意識すると悪影響もあるんです。そして、その癖が抜けなくなるんですよ。
K 僕がやっている曲づくりでも締切はあるし、速さを求められる。最初に締切を考えて、早く作ろうとすると、簡単に出来る方法を探してしまうんですよね。正確に綺麗にというのをしっかり学んだ後から、スピードを上げることを意識しないといけない。それが逆になると良くない。スピードを上げるのは最後のステップという高井さんの考えに共感しますね。
高井 スピードは慣れてきたら自然と上がっていくものですから。
K さきほど工房を見せて頂いたんですが、若い方が多いですね。
高井 増えてきていますよ、ここ最近は。毎年新しい若い人が入ってきます。そういう人たちがチームを作って、新しい商品の企画やデザインを考えてくれています。
K 技術が身につく前にも、そうやって錫器製作に関われるのは良いことですね。高井さんは将来どんな錫器を作りたいですか?
高井 昔の古い錫器を作り直してみたいですね。作り直すというか、新しいアレンジを加えて、形を変えたり、不要な部分を無くしたりしながらも、必要な部分は残していく。
K 昔からある錫器の形には、その形であるための理由があると思うんです。
高井 そうです。今にフィットするように手を加えてもみたいです。それから、需要が多いものではないと思うんですが、神社仏閣にある錫の道具を作ってみたいとも思っています。一度も作ったことがないので、チャレンジしてみたいですね。
K 食器だけに留まらないということですね。
高井 僕も先輩方から、いろいろな技術を教えて頂いて、その技術を使い、様々な商品を作っています。そんな中でひとつ気になることがあるんです。
K というのは?
高井 いわゆる技術は教えていくことで受け継ぐことができると思うんです。でも、モノづくりに対する姿勢だとか、職人としての心構えなどは、教えるだけでは受け継げないものもあるのかなと。今と昔とでは“時代”が違うから、それらもまた微妙に違う部分があるのかもしれないし。そういうものは教えるものではなくて、伝えていくことだと思います。
K 言葉だけでなく、その背中でという部分があるかもしれませんね。
高井 僕も若い人たちに伝えていきたいと思っています。